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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)289号 判決

静岡県富士市沼田新田151番地の1

原告

株式会社杉山

代表者代表取締役

杉山芳明

訴訟代理人弁理士

鈴木利明

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

山口由木

佐藤雄紀

中村友之

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が昭和63年審判第7497号事件について、平成3年9月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月12日、名称を「シート状紙製品の取出容器」とする考案につき、実用新案登録出願をした(実願昭58-107949号)ところ、昭和63年2月1日に拒絶査定を受けたので、同年4月21日、これに対し、不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第7497号事件として審理したうえ、平成3年9月26日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月6日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である特公昭54-19833号公報(以下「引用例1」という。)及び実願昭48-104539号(実開昭50-49545号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下「引用例2」という。)を引用し、本願考案は、引用例1、引用例2と周知技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により、実用新案登録を受けることができないものと判断した。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由のうち、「この懸吊部材11、12の直下位置にシート材料を取出すようにした引出口9を形成し」との点を除く引用例1の記載事項の認定、引用例2の記載事項の認定、「この吊下用突起の直下位置にシート状紙製品を取出すようにした取出口を形成し」との点を除く本願考案と引用例1との一致点の認定及び本願考案と引用例1との相違点の認定は、いずれも認める。

しかしながら、審決は、引用例1と本願考案との一致点の認定を誤り(取消事由1)、引用例2の記載内容を誤認した結果、相違点〈1〉の判断を誤り(取消事由2)、周知技術の根拠として引用した実開昭50-158052号公報の記載内容を誤認した結果、相違点〈2〉、〈3〉の判断を誤り(取消事由3)、本願考案の奏する顕著な作用効果を看過して(取消事由4)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願考案と引用例1との一致点認定の誤り)

審決は、引用例1には「この懸吊部材11、12の直下位置にシート材料を取出すようにした引出口9を形成し」たものが記載されていると認定し、これを前提として、本願考案と引用例1とが「この吊下用突起の直下位置にシート状紙製品を取出すようにした取出口を形成し」た点で一致すると認定したが、誤りである。

「直下」とは、「すぐ真下」ないし「真下」と解釈すべきであり、本願考案はその構成を備えているが、引用例1の考案においては、引出口9の形成位置を懸吊部材11、12の直下位置より下方としているものであるから、本来相違点として認定されるべきである。

審決の上記引用例1の認定及び本願考案との一致点認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点〈1〉の判断の誤り)

審決は、相違点〈1〉の判断に当たり、引用例2には、重ね合わせたシート状紙製品を吊下げる手段として、シート面に穴を穿ち、部材の内壁上部位置で、横幅方向の中間位置に、シートの穴に挿通する支持杆を突設する考案が記載されていると認定したが、誤りである。

引用例2に記載された2本の支持杆は、部材の内壁上部位置で、横幅方向の両端に近い位置に形成されたものであって、横幅方向の中間位置に突設されてはいない。したがって、このような引用例2の記載をもって、引用例1に記載された吊下用突起を、カバー部の横幅方向の中間位置に設けることは、当業者が容易になしうることではない。

また、審決は、吊下用突起を一本とするか二本とするかは単なる設計事項にすぎないと判断したが、誤りである。

本願考案は、便座用敷紙等のシート状紙製品の取出容器に関するものであるから、比較的柔らかで、横巾の長い紙製品であっても、一本の吊下用突起で効果的に吊下げ支持できるようにしたこと、突起を一本に構成したことによって、シート状紙製品を容器内に補充する際、突起にシート状紙製品の一個の吊下用穴を挿通する簡単な操作ですむこと、いたずらに多数の吊下用穴をシート状紙製品に開けないから、商品価値を低下させないこと等の格別の作用効果を奏し、吊下用突起を1本とすることは、単なる設計事項ではない。

3  取消事由3(相違点〈2〉、〈3〉の判断の誤り)

審決は、相違点〈2〉の判断において、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品に対し、バネ圧の付勢方向を取出口に向けることは、実開昭50-158052号公報に記載されているように本願出願前周知であるとするが、誤りである。

同公報に記載されたものは、多数積重ねられたシート状紙製品のシート面全体を下方より押し上げ、取出口を含む容器の上部4aの全面に向けてバネ圧を付勢させているものであって、付勢方向を取出口という特定した位置に向けたものではない。しかも、同公報に記載されたものは、シート状紙製品を積重ねて収容するいわゆる床置き式構造の取出容器であって、本願考案や引用例1におけるような吊下式構造ではないから、バネ圧の作用する位置が吊下用突起との関係で特定されるものでもない。

審決は、上記のような誤った前提に立って、「引用例1におけるシート状紙製品に作用するバネ体の付勢させる方向を、取出口に向けることは、前記周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易になしうることであると誤って判断した。

次に、審決は、相違点〈3〉の判断において、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品を折畳み部を設けて折り返し紙端部をシート面の途中の位置まで折り返して折畳まれたものとし、容器の取出口にシート状紙製品の折り返し紙端部を対応させ、折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取り出すようにすることは、前掲実開昭50-158052号公報に記載されているように本願出願前周知であるから、引用例1に記載のような吊下用突起の直下位置に取出口を形成したシート状紙製品の取出容器において、上記の方法でシート状紙製品を取出すようにすることは、当業者がきわめて容易になしうることであると判断するが、誤りである。

シート状紙製品の取出容器において、上記の方法で取り出すようにすることが周知であることは認めるが、上記のとおり、同公報のものは吊下構造のものではないから、シート状紙製品の折畳み部が下になるのか上になるのか特定できるものではない。しかも同公報のものは、紙7の折曲部7aをやや上方に傾斜させて揃えて容器内に収容したものが図示されているから、これを仮に起立させて使用する場合であっても折曲部7aは上方に位置される。したがって、このような同公報の記載に基づいて、上記の方法でシート状紙製品を取出すようにすることは、当業者がきわめて容易になしうることではない。

4  取消事由4(本願考案の顕著な作用効果の看過)

審決は、「バネ圧の付勢される方向を吊下用突起の直下とするか、吊下用突起の直下より下方とするかにより吊下用突起に作用するシート状紙製品の荷重に差異はなく、前記作用効果は格別なものとはいえない。」、「本願考案の奏する効果は、引用例1、引用例2に記載された考案と前記周知技術から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。」と判断するが、誤りである。

本願考案は、カバー部材の内壁上部位置に突設された吊下用突起を一本としたこと、取出口の形成位置を吊下用突起の直下位置としたこと、取出口に向けてバネ体のバネ圧を付勢させたことという特徴的な構成を採用することにより、吊下用突起に吊下げられたシート状紙製品に対し、バネ圧は、取出口に対応している折り返し紙端部を取出口方向に押圧する作用と、シート状紙製品の吊下げ支持部を吊下用突起の基部方向に押圧する作用として働き、取出口からシート状紙製品の折り返し紙端部をつまんで取り出す操作が容易であり、また、シート状紙製品の吊下げ支持部が吊下用突起から外れ落ちることもなく、容器内に効果的に吊り下げることができるという効果を有する。また、取出口より下方にある折畳み部を持つシート面は、バネ圧の付勢力とカバー部材の内壁との間に強く挟持されるものではないから、折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取り出す際、シート面の摩擦作用によって次位のシート状紙製品をも一緒に取り出されてしまう弊害がなく、シート状紙製品を一枚づつ的確に取り出すことができるのである。更に、上記2のとおり、シート状紙製品を補充する場合に操作が容易であり、紙製品にいたずらに多数の吊下穴をあけなくてすむ等、各種の格別の作用効果を奏するものである。

特に、本願考案では、バネ圧の付勢方向を吊下用突起の直下位置に形成された取出口としたから、吊下用突起(吊下げ支持部)に作用するシート状紙製品の荷重は大きく、取出口より下方に吊下げられたシート面に作用するシート状紙製品の荷重は小さくなり、これによって上記のような効果を奏するものである。

これに対し、引用例1のものは、上記1のとおり、取出口9の形成位置を懸吊部材11、12の直下位置より下方としたものであり、しかも上記3のとおり、バネ圧の付勢方向を取出口より下方としたものである。このようにバネ圧の付勢方向を吊下用突起の直下より下方すなわち取出口の下方とした場合には、本願考案におけると反対に、吊下用突起(吊下げ支持部)に作用するシート状紙製品の荷重は比較的小さく、取出口より下方にある吊下げられたシート面に作用するシート状紙製品の荷重は大きくなるため、シート状紙製品の取出し等が容易に行えない。この引用例1記載のものに、吊下杆と取出口とが上下にかけ離れて形成されていると共に、2本の吊下杆を部材の内壁上部位置で横幅方向の両端に近い位置に形成したにすぎない引用例2のもの、また、吊下構造ではなく、シート状紙製品のシート面全体を下方より押し上げるようにバネ圧を付勢させている実開昭50-158052号公報のものを適用しても、本願考案の上記作用効果を期待することはできないことは明らかであり、審決の上記判断は誤りである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願明細書をみると、「シート状紙製品の折り返し紙端部に対応する位置で前記吊下用突起の直下位置に折返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取り出すようにした取出口を形成し」(甲第3号証2頁3~6行など)、「バネ圧を付勢された前記取出口17の直上位置にシート状紙製品Aの吊下げ支持する吊下用突起18を突設してあるため」(同11頁15行~18行など)との記載があり、本願願書に添付された図面には、吊下用突起18のすぐ下からカバー部材3の中央のやや上方にかけて大きく開口した取出口17が記載されていることからすると、本願考案における「吊下用突起の直下」とは、「吊下用突起18の下方であって、かつカバー部材の中央より上部側」と解される。

一方、引用例1には、「実施例ではシート材料引出口をケースの前面の中間部に設けた」(甲第4号証4欄40~41行)構成が記載されており、図面第2、第3図に吊下用突起の下方で容器前面の中央より上部に引出口を形成したものが記載されているから、引用例1の引出口を吊下用突起の直下位置に形成したものとし、本願考案との一致点と認定した審決に誤りはない。

2  同2について

本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「前記カバー部材(3)の内壁上方位置で横幅方向の中間位置に・・・吊り下げ用突起(18)を突設し」との記載があり、「横幅方向の中間位置」とは、「横幅方向の中心位置」ではなく、文字通り「横幅方向の両端より中央寄りの部分」と解すべきである。

一方、引用例2の実用新案登録請求の範囲には「基板上部に、その前端を上方に折曲して係止杆となした支持杆を適宜間隔を配して設ける」と記載されており、図面第1図には支持杆3が支持器の横幅方向の両端より中央寄りの位置に設けた構成が記載されているから、審決の相違点〈1〉の判断における引用例2の認定は相当である。

次に、吊下用突起を1本とするか2本とするかは、シート状紙製品の剛性、横幅の長さを考慮して、シート状紙製品の上部縁両端が垂れ下がることなく保持できるかどうかによって決定すべき設計事項であり、シートの剛性が大きいもの、横幅が短いものについては、吊り下げ用突起を1本とし、吊下用突起へシート状紙製品を挿通する操作を簡単にすることができるところ、本願考案のようにシート状紙製品を重ね、バネ圧で付勢することにより、実質的に剛性が大きくなるものについて、吊下用突起を1本とすることは、当業者がきわめて容易になしうるものと認められる。

また、これによってシート状紙製品に穿たれる穴が少なくてすみ、シート状紙製品の商品価値を低下させないですむことも明らかである。そして、一本の吊下用突起を容器内壁上部位置で横幅方向の中間位置に設けることは、本願出願前普通に知られているところでもある(乙第1、第2号証)。

したがって、審決の相違点〈1〉の判断は妥当である。

3  同3について

審決の挙げた実開昭50-158052号公報の図面には、シート状紙製品の取出容器において、取出容器に取付けられたバネ体を折曲することにより、シート状紙製品の取出口に対応する部分に取出口に向くバネ圧を付勢させることが明記されており、これによって、シート状紙製品を取出口から一枚ずつ取出し易くすることも明らかであるから、このような構成が周知技術であるとする審決の判断に誤りはない。

そして、引用例1において、バネ体を取出口下方のローラに向けて付勢させ、シート状紙製品を取出口に向けて押し上げる構成に替えて、前記周知の技術を適用し、バネ圧を取出口に向けて付勢する構成とすることは当業者がきわめて容易になしうることである。

また、同公報には、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品を折畳み部を設けて折り返し、紙端部をシート面の途中の位置まで折り返して折り畳まれたものとし、容器の取出口にシート状紙製品の折り返し紙端部を対応させ、この折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取り出すようにすることが開示されており、このようなシート状紙製品の取り出しが周知の技術事項であることは原告も認めているところ、引用例1のごとく吊下用突起の直下位置に取出口を形成したシート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品の折畳み部を設けて折り返し、折り返し紙端部を取出口に対応させることは、周知技術に基づいて当業者がきわめて容易になしうることであり、上部が吊下用突起で保持されているシート状紙製品を折り畳むに当たり、折畳み部を下にして折り返すようにすることも、当業者がきわめて容易になしうることである。

審決の相違点〈2〉、〈3〉の判断に誤りはない。

4  同4について

本願考案において、バネ体によるバネ圧を吊下用突起の直下位置に設けた取出口に向けて付勢させたことによる効果は、シート状紙製品の吊下げ部がカバー部材内部の内壁方向に押圧されて保持され、シート状紙製品を効果的に吊下げ収容できること及び収容されているシート状紙製品が残り少なくなっても、常にバネ圧によってカバー部材の取出口と吊下用突起の吊下げ支持位置に押圧されていることと認められる。

一方、引用例1においても、バネ圧はシート状紙製品に対してバネに対応しているシート面をカバー部材の前面のローラに向けて付勢すると同時に、吊り下げ支持部を含むシート面全体にカバー部材の前面に向かう力を作用させているものと認められる。

そして、吊下用突起(吊下げ支持部)に作用するシート状紙製品の荷重及び取出口より下方に吊下げられたシート面に作用するシート状紙製品の荷重の大小が、原告の主張のように、バネの付勢方向と取出口、吊下用突起との位置関係の相違によってもたらされるものとは認められず、また、原告の主張する本願考案の他の作用効果も引用例1、引用例2及び本願出願前周知の事項から予測可能なものであり、これをもって顕著な作用効果であるとすることはできない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

原告は、引用例1の引出口は、本願考案の取出口のように「吊下用突起の直下に」設けられていないとして、審決の同引用例と本願考案との一致点認定の誤りを主張する。

引用例1(甲第4号証)には、紙タオルのようなシート材料を1枚ずつ供給するためのシート材料供給器において、シート材料は展開したまま装填し、外部のフインガー20を押し下げた後開放することによって、昇降部材15が上昇することに伴い、ローラ13が最前位のシート材料を上方へ押し上げ、押し上げ分だけ引出口9から外部に弧状に突出すようにするために、上記ローラ機構等とともにケース内にシート材料の最前のシートを上記ローラに係合するように付勢する手段等を設けた装置が記載され、図面を参照した実施例の詳細な説明中に、懸吊部材11、12の下方であってケース本体の前面上壁3の上下方向のほぼ中央部より上部に、横幅をケース前面上壁の幅とほぼ同じくし、一定の縦幅を有する開口部を形成した引出口9を有するものが記載されていることが認められる(同号証1欄特許請求の範囲、同2欄11行~4欄19行、第2図、第3図)。

一方、本願考案の取出口(17)の形成箇所については、実用新案登録請求の範囲に、「折畳み部を下にして折り返し紙端部(Aa)をシート面の上端部近くの位置まで折り返し」、「カバー部材(3)の内壁上部位置で・・・シート状紙製品の折り返し紙端部(Aa)位置より上部のシート面に穿たれた吊下穴(B)に挿通して該シート状紙製品を取出容器本体に吊下げる一本の吊下用突起(18)を突設し、更に、・・・カバー部材(3)に・・・吊下げられたシート状紙製品の折り返し紙端部(Aa)に対応する位置で前記吊下用突起(18)の直下位置に折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取出すようにした取出口(17)を形成し」との記載があり(甲第3号証明細書1~2頁)、考案の詳細な説明中にも、同旨の記載がある(同明細書5頁11行~6頁1行)ほか、実施例に即した説明及び図面にも同旨の記載がある(同6頁13行~7頁1行、9頁16行~10頁3行、同頁17行~11頁4行、甲第2号証第1~第4図)。

以上の記載によれば、取出口(17)の形成箇所は、吊下用突起(18)の下方であって、かつ、折り返し紙端部(Aa)をつまんで取出すことができるように、折り返し紙端部が取出口(17)の開口部内に位置することが必要であり、これをもって足りるものというべきところ、折り返し紙端部の位置については、「シート面の上端部近くの位置まで折り返」すことが規定されているものの、その「シート面の上端部近くの位置」については具体的な記載がなく、甲第2号証により認められる願書添付図面第5図には、折り返し紙端部Aa側を有する折り返し部がシート面の上端部Aを有する側の5分の4程度の長さを有する実施例が記載され、また、同図面第1、第3図には、下辺を直線状とし、側部及び上部を丸みを帯びた山形形状としてカバー部材(3)の上下方向中央よりやや上方から吊下用突起付近にかけて開口部を有する取出口の例が記載されていることが認められる。

そして、本願考案のようなシート状紙製品の取出容器において、取出口の開口部下辺と上辺の間に折り返し紙端部が位置することが利用上必要であることは、上記本願の実用新案登録請求の範囲の記載から明らかであり、上記実施例のような下辺をカバー部材の上下方向のほぼ中央上部に形成した取出口も「吊下用突起の直下位置に形成」したものであるとすると、前示引用例1の引出口9も懸吊部材11、12の直下位置にあるということができ、本願考案とその位置関係において本質的な差異はないものと認められる。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

甲第5号証によれば、引用例2には、その実用新案登録請求の範囲に、「壁その他適位置に設置できるようにした基板上部に、その前端を上方に折曲して係止杆となした指示杆を適宜間隔を配して設けると共に、下部に取出口を形成した格納ケースを基板に取り外し自在に装着したことを特徴とする平判ペーパー用支持器。」が記載され、実施例に即した考案の詳細な説明中に、「基板1上部に、その前端を上方に折曲して係止杆2となした支持杆3を適宜間隔を配して設けると共に」(同号証明細書3頁9~11行)、「支持杆3前端を上方に折曲して係止杆2となして、支持杆3に挿通して吊下支持する平判ペーパーPの離脱或は落下を防止する。支持杆3は適宜径の番線を折曲して形成され、一対の支持杆3が基板1上部に適宜間隔を配して、ネジ止めその他の適宜手段により設けられる。」(同5頁1~7行)との記載とともに、願書添付図面の第1図、第2図には、その前端を上方に折曲して係止杆2となした支持杆3が、基板の上方位置であって、一対のそれが基板の比較的両端に近い位置であって両端よりやや中央寄りに間隔を配して設けられた構成が記載されていることが認められ、審決が「シート状紙製品を吊下げる手段として、シート面に穴を穿ち、部材の内壁上部位置で、横幅方向の中間位置に、シートの穴に挿通する支持杆を突設する考案が引用例2に記載されている」と認定し、相違点〈1〉の判断において、「突起を一本とするか二本とするかはシートの剛性、横幅の長さ等に応じて当業者が適宜なしうる単なる設計変更にすぎない。」と判断したことは、当事者間に争いがない。

原告は、引用例2の支持杆は、基板の横幅方向の中間位置には突設されておらず、この記載をもって引用例1に記載された吊下用突起を1本とし、カバー部の横幅方向の中間位置に設けることは当業者が容易になしうることではないと主張するが、上記引用例2の記載によれば、支持杆3は一対存在することを前提とするが、その横幅方向の間隔は「適宜間隔を配」することと記載されていることからすると、基板の両端に近い位置からその横幅方向の中央に近い位置まで、文字通り適宜の位置に形成することができるものであることは明らかである。

そして、一対の支持杆を適宜の位置に形成するに際し、その位置を横幅方向の中心線方向に近付ければ、一対の支持杆が1本の支持杆に収斂するに至ることは当業者にとって見易いところと認められ、また、乙第1、第2号証により認められるとおり、紙製品の取出容器において、一本の吊下用突起を容器内壁上部位置で横幅方向の中間位置に設けることは本願出願前古くから普通に行われていた技術であることからすれば、吊下げられる平判ペーパーないしシート状紙製品の剛性、形状、横幅の長さに応じて一対の支持杆を1本の支持杆で代用させるようにすることは、当業者がきわめて容易になしうることと認められ、これによって、シート状紙製品の吊下げが1つの穴を挿通するという簡単な操作によって行えるようになることもその当然の効果というべきである。

原告の取消事由2の主張も理由がない。

3  同3について

(1)  相違点〈2〉の判断について

甲第6号証によれば、審決が周知例として挙げる実開昭50-158052号公報には、その実用新案登録請求の範囲に、「前部折曲部3aとなった√形状の板バネ3を、その基端部を後壁内面に取付けて函体1内に内装し、上板部4aの前縁部内面に適宜突子6を突設した取出孔5を有する蓋体4を前記函体1に嵌脱自在に覆嵌した一枚ずつ取出せる紙収容器。」が記載され、実施例として第1ないし第3図が示されているところ、その第2、第3図によれば、√形状の板バネ3の基端部が函体の後壁内面に取付けて内装され、その前部折曲部3aが板バネ3と蓋体4との間に置かれ、第3図右端で折り畳まれて紙の中央方向に折り返された折曲部7aを有する紙7の折曲部7aを、取出孔5の開口部方向に付勢する構造の考案が記載されていること、また、乙第3、第4号証によれば、本願出願前に頒布された実開昭52-97285号公報及び実公昭35-28793号公報には、紙製品の取出容器の一種であるナプキン供給器において、立てて前後に重ね載置したナプキンを取出口の方向にバネ体で押圧することが開示されていることが認められる。

これらの事実によれば、原告のいう床置き式構造のものに限らず、紙製品を立てて前後に重ね載置する構造のものを含め、審決の認定するとおり、「シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品に対し、バネ圧の付勢させる方向を取出口に向けることは・・・本願出願前周知」の技術であったと認められる。

原告は、審決がこの周知技術の一例として挙げた実開昭50-158052号公報に記載されたものが床置き式の構造であることを理由に、審決の認定を非難するが、上記のように床置き式のものに限られず、紙製品を立てて前後に重ね載置する構造のものを含め、紙製品の取出容器において、この技術は周知のものと認められるから、原告の論難は当たらない。そしてこの周知技術に基づけば、引用例1におけるシート材料の最前のシートをローラに係合するように付勢する構成に代えて、そのバネ圧の付勢方向を取出口に向けることは、当業者がきわめて容易になしうることであると認められる。

(2)  相違点〈3〉の判断について

前掲実開昭和50-158052号公報(甲第6号証)には、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品を折り畳み部を設けて折曲部7aとし、その紙端部をシート面の途中まで折り返して取出孔5に対応させた構成が記載されているものと認められるところ、このような取出容器において、折り畳まれた紙端部をつまんで紙製品を取り出すことが周知であることは、当事者間に争いがない。

原告は、同公報のものは吊下構造のものではないから、上記周知技術を引用例1のものに採用し、本願考案の構成とすることは、当業者にとってきわめて容易になしうることではないと主張する。

しかしながら、上記の周知技術は、取出口に臨んでいる折り返し端部をつまんで引出せば、引出すにつれて折畳み部が順次展開して紙製品が引出され、これを破損することなく取り出せることを目的とするものであることは明らかであり、この点は、本願考案のように吊下構造であっても、同公報記載の床置き式のものであっても、この目的を達成するための構成において異なるところはないと認められる。

このことは、前示乙第3号証によって認められる立てて前後に重ね載置したナプキンを取出口から取出すナプキン供給器において、ナプキンの折り返し部を取出口に対応させた構造が示されていることからも明らかである。

したがって、この周知技術を引用例1に適用し、本願考案の構成とすることは当業者がきわめて容易になしうることと認められ、これと同旨の審決の判断は相当である。

原告の取消事由3の主張は理由がない。

4  同4について

原告は、本願考案は、カバー部材の内壁上部位置に突設された吊下用突起を一本としたこと、取出口の形成位置を吊下用突起の直下位置としたこと、取出口に向けてバネ体のバネ圧を付勢させたことという特徴的な構成を採用することにより、本願考案は種々の顕著な作用効果を有すると主張する。

しかしながら、原告が特徴的な構成という上記の点は、引用例1及び引用例2の示す公知技術並びに本願出願前周知の技術が有する構成の適用にすぎないことは、上述したとおりであり、このことに照らせば、原告が顕著な作用効果と主張する点は、これら公知技術及び周知技術の持つ効果の単なる顕現にすぎないことも自ら明らかである。したがって、これをもって予測できない顕著な作用効果ということができず、本件全証拠によっても、それ以上に予測できない特段の効果を認めることはできない。

原告は、特に、本願考案と引用例1記載の発明とのバネ圧の付勢方向の相違及びバネ圧の付勢方向と取出口との位置関係の相違により、両者はシート状紙製品に対するバネ圧の荷重の配分状況が取出口の上下において異なる旨主張し、審決の吊下用突起に作用するシート状紙製品の荷重に差異はないとする認定(審決書9頁18行~10頁5行)は誤りであるという。しかし、仮にこの点が原告主張のとおりであるとしても、上記のとおり、これによる作用効果の相違は、引用例1、引用例2及び周知技術から予測できない効果ということはできないから、これをもって、格別のものとすることができないとする審決の判断は、結局相当というべきである。

原告の取消事由4の主張も理由がない。

5  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵も見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 三代川俊一郎 裁判官 木本洋子)

昭和63年審判第7497号

審決

静岡県富士市沼田新田151番地の1

請求人 株式会社 杉山

東京都中央区銀座三丁目9番4号 文成ビル7階701号

代理人弁理士 鈴木利明

昭和58年実用新案登録願第107949号「シート状紙製品の取出容器」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年1月31日出願公開、実開昭60-14798)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本願考案の要旨

本願は、昭和58年7月12日の出願であって、その考案の要旨は、平成3年5月25日付け手続補正書により補正された明細書及び、出願当初の図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「折畳み部を下にして折り返し紙端部(Aa)をシート面の上端部近くの位置まで折り返して折り畳まれた便座用敷紙等のシート状紙製品(A)の取出容器であり、この取出容器を、多数重ねられた前記シート状紙製品(A)を収容可能な容器部材(2)と該容器部材の開口側を覆うカバー部材(3)とで取出容器本体(1)を構成し、該容器部材とカバー部材の各下部を枢着して各上部を閉止状態から前記枢着部を中心として相対的に開放される構成とし、前記カバー部材(3)の内壁上部位置で横幅方向の中間位置に前記シート状紙製品の折り返し紙端部(Aa)位置より上部のシート面に穿たれた吊下穴(B)に挿通して該シート状紙製品を取出容器本体内に吊下げる一本の吊下用突起(18)を突設し、更に、この吊下用突起を突設されたカバー部材と同一平面をなす前記カバー部材(3)に、前記吊下用突起(18)に吊下げられたシート状紙製品の折り返し紙端部(Aa)に対応する位置で前記吊下用突起(18)の直下位置に折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取出すようにした取出口(17)を形成し、更に、前記吊下用突起(18)の直下に形成された前記取出口(17)に向けてバネ圧を付勢させたバネ体(19)を取出容器本体内に取付けて構成したこと、を特徴とするシート状紙製品の取出容器」

2.引用例

これに対し、当審における、平成3年3月5日付けで通知した拒絶の理由に引用された、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である特公昭54-19833号公報(以下「引用例1」という)には、裏板29と、裏板29を覆うケース本体とからなり、展開したまま多数重ねられた紙タオル等のシート材料を収容する、シート材料の取出容器であって、裏板29と裏板29を覆うケース本体の各下部をピン34で枢着して各上部を閉止状態から前記枢着部を中心として相対的に開放される構成とし、前記ケース本体の左右側壁7、8の内面上方位置に、シート状部材の上部シート面に設けた切込溝に嵌合してシート材料を取出容器本体内に吊下げる一対の懸吊部材11、12を突設し、更に、この懸吊部材11、12の直下位置にシート材料を取出すようにした引出口9を形成し、更に、ケース本体の引出口より下方の前面壁に向けてばね33により付勢される押板30を取出容器本体内に取付けて構成したシート材料の取出容器が記載されている。

また、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である実願昭48-104539号(実開昭50-49545号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下「引用例2」という)には、多数重ねられた平判ペーパーを収容する、平判ペーパーの取出容器において、容器内部位置で平判ペーパーPのペーパー面に穿たれた支持穴10に挿通して平判ペーパーPを取出容器本体内に吊下げる、吊下用支持杆3を設け、便所等に設置される平判ペーパー用支持器が記載されている。

3.対比

本願考案と引用例1に記載されたものを対比するに、引用例1の「シート材料」、「裏板29」、「ケース本体」、「引出口9」、「懸吊部材11、12」及び「押板30」はそれぞれ本願考案の「シート状紙製品」、「容器部材」、「カバー部材」、「取出口」、「吊下用突起」及び「バネ体」に相当するので、結局、両者は、「シート状紙製品の取出容器であり、この取出容器を、多数重ねられたシート状紙製品を収容可能な、容器部材とカバー部材とで取出容器本体構成し、該容器部材とカバー部材の各下部を枢着して各上部を閉止状態から前記枢着部を中心として相対的に開放される構成とし、前記カバー部材の内壁上部位置にシート状紙製品を取出容器本体内に吊下げる吊下用突起を突設し、更に、この吊下用突起の直下位置にシート状紙製品を取出すようにした取出口を形成し、更に、カバー部材の前面に向けてバネ圧により付勢されるバネ体を取出容器本体内に取付けて構成したシート状紙製品の取出容器」である点で一致し、次の点で相違するものと認められる。

〈1〉シート状紙製品を取出容器本体内に吊下げる吊下用突起が本願考案ではカバー部材の内壁上部位置で横幅方向の中間位置に設られ、シート状紙製品に穿たれた吊下穴に挿通する、一本の突起であるのに対し、引用例1では、左右側壁の内面に設けられ、シート状紙製品の上部シート面に設けた切込溝に嵌合する、一対の突起である点。

〈2〉バネ圧を付勢させる方向が、本願考案では、取出口であるのに対して、引用例1では取出口より下方である点。

〈3〉シート状紙製品が本願考案では、折畳み部を下にして折り返し紙端部をシート面の上端部近くの位置まで折り返して折畳まれたものであり、取出口がシート状紙製品の折り返し紙端部に対応する位置に形成され、折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取出すようにしているのに対し、引用例1では、シート状紙製品は展開したままであり、取出口がシート状紙製品の中間に対応する位置に形成され、シート状紙製品の中間をつまんでシート状紙製品を取出すようにしている点。

4.当審の判断

上記相違点〈1〉について検討すると、重ね合わせたシート状紙製品を吊下げる手段として、シート面に穴を穿ち、部材の内壁上部位置で、横幅方向の中間位置に、シート面の穴に挿通する支持杆を突設する考案が前記引用例2に記載されていることから、引用例1に記載された考案における吊下用突起を、左右側壁の内面に設けるのに代えてカバー部材の内壁上部位置で横幅方向の中間位置に設け、シート状紙製品に穿たれた吊下穴に挿通する突起とすることは、引用例2の技術に基づいて当業者がきわめて容易になしうることである。また、突起一本とするか二本とするかはシートの剛性、横幅の長さ等に応じて等業者が適宜なしうる単なる設計変更にすぎない。

相違点〈2〉について検討すると、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品に対し、バネ圧の付勢させる方向を取出口に向けることは、原審において拒絶の理由に引用した実開昭50-158052号公報(以下「原審引用例」という。)に記載されているように本願出願前周知であり、引用例1におけるシート状紙製品に作用するバネ体の付勢させる方向を、取出口に向けることは、前記周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易になしうることである。

相違点〈3〉について検討すると、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品を、折畳み部を設けて折り返し紙端部をシート面の途中の位置まで折り返して折畳まれたものとし、容器の取出口にシート状紙製品の折り返し紙端部を対応させ、折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取出すようにすることも、前記原審引用例に記載されているように本願出願前周知であり、引用例1に記載のごとく、吊下用突起の直下位置に取出口を形成した、シート状紙製品の取出容器において、シート状紙製品を、折畳み部を下にして折り返し紙端部をシート面の上端部近くの位置まで折り返して折畳まれたものとし、折り返し紙端部を取出口に対応させ、折り返し紙端部をつまんでシート状紙製品を取出すようにすることは前記周知技術に基づいて当業者がきわめて容易になしうることである。

なお、請求人は、本願考案は吊下用突起の直下位置に取出口を形成し、バネ体によるバネ圧の付勢させる方向を取出口に向けることにより、バネ圧は吊下げ位置にも付勢され、バネ圧の付勢力とカバー部材の内壁との間にシート状紙製品の吊下げ部が保持され、吊下用突起を中心位置に一本突設するのみでも吊下げ保持機能を十分に果たすことができると主張しているが、前記引用例1に記載されている考案においても、シート状紙製品は、吊下用突起と、バネ圧の付勢力を受けたバネ体とカバー部材の内壁との間の挟持により、保持されており、バネ圧の付勢させる方向を吊下用突起の直下とするか、吊下用突起の直下より下方とするかにより吊下用突起に作用するシート状紙製品の荷重に差異はなく、前記作用効果は格別なものとはいえない。

そして、本願考案の奏する効果は、引用例1、2に記載された考案と前記周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

5.むすびしたがって、本願考案は、本願の出願前国内において頒布された引用例1および引用例2に記載された考案および前記周知技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条2項の規定により実用新案登録をうけることができないものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年9月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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